2007年3月17日

乾杯

「とりあえず生中頼んでおいたけどよかった?」
トイレから戻った私に息子が声をかけた

「ああいいよ・・・それでつまみはどうする?
今日はお前の就職祝いだから遠慮なく何でも食いたいもの頼めよ
もちろん金のことは気にしなくていいぞ!
おっ『しゃぶしゃぶ喰い放題お一人様1,800円』(や、安い)・・・これどう?」

「いいねぇ~しゃぶしゃぶなんてもうずいぶんご無沙汰だなぁ」

「そ、そうか(肉の質は・・・まぁいいか)それじゃこれにしよう!
 お兄さーん すんませーん!」

言っても居酒屋、敢えて言うほどのことでもないのに、少しはオヤジらしいところを見せねばと、やたらハイテンションな乗りで私にとっての一大イベントは始まった・・・

息子と酒を飲む

生活のほとんどを仕事が占めるようになった世の(酒が好きな)オヤジたちにとって、最も楽しみなシチュエーションの一つではないでしょうか。

かくいう私も最繁忙期である確定申告最中の休日、この春社会人になる長男と初めて指しで酒を酌み交わしました。息子がやっと歩き出した頃「いつかはこいつと一緒に酒を飲む日が来るのかなぁ・・・」と公園の砂場で頭から砂をかぶって泣いている姿を遠めに見ながら、ことさら楽しみにしていたことを思い出します。

長男は高校を出て上京し、専門学校で2年間CGデザインの勉強をしていました。
小さい頃から絵や漫画を描くのは本当に好きで、中学の頃だったと思いますが、彼の絵が確か何かのポスターとか文集の表紙とかにも使われた記憶があります。

そんな息子は東京のとある広告代理店に就職が決まり、ちょうど卒業制作展の作品作りの真最中でした。
彼は自分が製作したいくつかの作品を私に見せて評価を求めてきましたが、正直それは門外漢の私が良し悪しを評論できるようなレベルのものではありませんでした。「これホントにお前が作ったの?」と、返すのが精一杯・・・

“親はなくとも子は育つ”とはよく言ったものですが、得意そうに作品を見せてCG技術の薀蓄を語る息子を見ながら、知らないうちに成長している姿に何ともいえない感慨を覚え心地いい酒の酔いも手伝って、期待以上の至福のときを過ごすことができました。

いやー本当にいいもんです!

ウチでもそうでしたが、父親と息子というのは中学生後半あたりから極端に会話が少なくなるものです。俗に反抗期なんて言葉で一括りにされてしまいますが、私は一概にそうは思っていません。反抗しようがしまいが、男子から男性に成長しようとする過程で、健康な男であれば誰でも普通に経験するのではないでしょうか。また、私はそれでいいし、そうでなきゃいかんと思っています。

ある時期反抗的になるのは、いつまでもガキじゃないという自負を持つようになり、自分のオヤジを一人の男として観るようになるからです。

(本当のところは分かってないけど)そんなこと言われなくても分かってるよ!
(しっかり確実にはできないけれど)そのくらいオレにだってできるよ!

そうやって色んなことに手を出して何度も失敗や挫折を味わい、そんな経験を通して本当に大切なことが分かっていく・・・その道すがら自分なりに葛藤を繰り返し、ことの是非を覚えながら少しずつ判断力や責任感を身につけ一歩一歩自分の力で次のステップに進んでいく・・・

そんな時期にとってつけたような家庭の団欒など不要です。
自分でもがくことに意味があるのです。

親にとって大事なことは、いつまでもべたべたと世話をやくなんてのは論外ですが、かといって変に突き放したり放任することでもなく、必要なときに言うべきことをきっちり言ってあげられること、何よりその必要なときを見逃さない目と心を親自身が持つことだと思います。

そうすれば、やがて子どもは自分の経験の中で培った僅かばかりの自信を携えて自ら歩み寄ってくるものです。二十歳を過ぎて幼い頃のように、まぁよくしゃべる息子を見ながら「こいつもやっと一つ越えたかな」と実感しました。


「これってオヤジが若いときいつも飲んでたやつだよね」

2件目のショットバーで、カウンターに並んだジャック・ダニエルを指差して息子が言いました。一瞬「えっ?」と思いましたが、親が考えている以上に子どもは親をよく観ているものです。だからそんな子どものためにも親として無責任なこと、だらしないこと、人を欺くようなことはできないのです、してはいけないのです。

息子の何気ない一言は、やっぱりまずは子どもに目標とされるような生き方をしないといかんなと、改めて私に気付かせてくれるものとなりました。



「おぉ懐かしいな・・・お前も一杯飲ってみるか?」

「オレに飲めるかな」

「大丈夫さ・・・お父さんの息子だろ?」

「何それ」

「まぁいいさ・・・とりあえず今日という日に 乾杯!

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