2008年6月29日

リアクション

「旨いね~ この煮物」

「そう!?」

ある晩、若竹と揚げの煮物に舌鼓を打つと
頬を紅潮させてカミさんが満面の笑みを返した

「ああ お婆ちゃんの味にだいぶ近付いてきたなぁ」

「これでも色々工夫してんのよ~」

黙々と食べている子供たちにも声をかけてみた

「なッ 旨いよな?」

「・・・うん」

(そっけね~な~ この小僧ドモは)

「あのさ~お前ら こんだけ旨いのにもうちょっと何かリアクションないの?」

「・・・だって いつも旨いじゃん・・・」

「あら」

思いがけない息子の一言に更に表情の緩んだカミさんは
飲みかけの酎ハイをどんなもんだいと言わんばかりに一気に飲み干した

(そうきたか・・・まっそれはそれで有りかな)



家族のために毎日一生懸命食事の支度をしておられる世のほとんどのお母さん方にとって、精一杯愛情を込めて作ったお料理に対して、家族からの何らかの反応が有るか無いかでは、そのやりがいも相当違ってくるのではないでしょうか。

勿論それが「旨い!」なら申し分ないところですが、例えば「ちょっと薄味だね」とか「ちょっと甘いかな」でも、言い方さえ誤らなければ無反応よりは数倍嬉しいものでしょう。

これは人間にとって、至極正直な心持ちだと思います。特に周囲の人のために、或いは職場や家庭といった組織のために、普段当り前のようにやっている行為に対してのリアクションはなおさらです。ほんの些細な一言でも、言われた方はそれが心の支えや新たな力となって、またがんばろうと思えるものだと感じます。

しかし、私たちは普段、その間柄が近くなるほどに、時の経過が増すほどに、サラッと反応することに少しずつ疎くなってしまっているような気がします。

心の中では分かっていても、改まっては照れくさくて言葉にできない場合もあるでしょう。
ウチの息子のように「旨い」が当り前になって、いちいち言わなくても分かってるだろうと判断してしまうこともあるかもしれません。

日本には、昔から一を聞いて十を知ることが美徳のような風潮があります。また「阿吽の呼吸」などという言葉があるように、すべてを聞かなくても相手の気持ちを察することができる、正確に先を読む力がある、その場の雰囲気がすぐ分かる、というようなことに長けた人物が優秀であるように言われます。そのこと自体は決して間違ってはいないでしょう。どちらかといえば、人としてしっかり身に付けておきたい必要な能力であることは確かです。

しかし、そういった傾向が強いからでしょうか、私たちは身近な人に対して“感謝”とか“労い”を表す一言を発することがすごく下手です。

言わなくても分かっているではなくて、敢えてそこで一言反応することが、良好なコミュニケーションを育む礎となり、人が成長するきっかけになることも確かな事実だと思います。

もう20年近く前のことですが、私の担当先で内装業を営む会社の当時の社長さんの一言にとても感動したことを思い出します。その社長さんは私の親父くらいの歳周りで現場叩き上げの創業者でしたから、仕事に関してはとても厳しいワンマン社長です。ところが私のような若僧に対しても決して高慢な態度は見せない、一言で言えばとてもできた社長さんでした。

巡回監査でその会社にお邪魔していたある日、当時カーテンの縫製を担当していた年配の女性従業員の方が、外注さんがクレームを受けたために、その方が手直ししたカーテンの出来栄えを社長に報告しに来ました。
一通り報告を受けた社長は、そのカーテンを手にとって

「ご苦労様!これなら大丈夫だね」

そして

「しかしあなたの仕事は本当にいつも丁寧だね・・・助かるよ!」

と、彼女に声をかけました。その女性は社長の奥さんのお姉さんです。創業のときからずっと一従業員として勤務されていた身内の方で、それこそ何も言わなくても分かっている代表的なスタッフなのです。しかしその社長は、ありきたりの「ご苦労様」だけではなく、彼女の良さを一言加えたのです。

ことがクレーム処理だったこともありやや緊張の面持ちだった彼女は、きっと嬉しかったのでしょう、その社長の一言でいつもの笑顔を取り戻し「ありがとうございます!」と言って部屋を出て行きました。

私はその光景を見ながら、この会社の強さはここだなと感じました。

前回、私の親友夫婦の危機を投稿しましたが、そのきっかけはリアクション、相手に対しての反応の希薄さに他ならないと申し上げました。どんなに身近な分かり合った相手でも、機を逃さない一言の反応がどれほど強い活力になるか、誰でも一度は経験したことがあるのではないでしょうか。

人は一人では生きて行けないと言われる所以が実はここにあるのかもしれません。



「今日の夕飯なに?」

部活から帰った娘が開口一番母親に食いついた

「マーボー丼」

「おーやったー!」

「兄ちゃんもこれからだからお風呂の前に食べちゃう?」

「モチのロンですよ!」

ほどなく風呂から上がった半裸の息子が食卓に並んだマーボー丼を眺めて一言

「・・・旨そ」

「いただきまーす!」

(妹)「うまっ!」
(兄)「うまいけど・・・ちょっと辛くネ?」
(母)「キムチも食えんお前に何が分かる!」
(妹)「キャッハッハ そりゃそうだ」
(兄)「ウッセー!俺だって・・・甘口なら・・・食えるし・・・」

既に食事を終えていた私は、そんな家族のやりとりをつまみに
この上なく旨い酒を飲んでいた(そうそう大事なのはそれだって)


~PS~
前回の親友夫婦ですが、約1ヶ月間走り回った彼の努力と多くの人たちの支援のおかげで、何とか最悪の状況は脱したようです。ただ、二人にとってはこれからが本番。お互いの心をしっかりケアしながら、きっと立て直ししてくれると信じています。