2010年4月29日

気づきは才能?

「このまえはおハガキありがとう! でもどうして知ってたの?」

「去年奥さんの誕生日に二人でいらっしゃったじゃないですか~」

「え~そうだっけ? でもそれ覚えてたんだ・・・ スゴイねぇ~」

「いやいや ステキなご夫婦なんで いつもあこがれてるだけですよ~」

「上手いこと言って~ でもホンと アリガトね!」

「とんでもございません  本日もごゆっくりどうぞ~」

 

ご当地国宝松本城のたもとに、高校時代の友人が営む小さな居酒屋があります。

その友人であるマスターは、元々は寿司職人だったのですが、昨今の立ち寿司離れという時代の流れと、ひたすら握り続けた代償ともいうべき利き手の腱鞘炎も重なって、数年前に長年営んできた寿司屋に見切りをつけ、心機一転、現在はとっても気の効いた逸品と旨い酒を出す繁盛店を切り盛りしています。

マスターは学生時代、高校柔道界にその人有りと言われた強者で、小兵でありながらインターハイ、国体といった大舞台で、常に我が校の団体戦の大将を担う実力の持ち主だった男です。

従って、私らのようなホワイトカラーの青っちろいもやし男とは違い、俗に言う目から鼻にスッと抜けるタイプの、根性と気風が半端ない男くさい頑固者です・・・


ただ、今回の主役はそのマスターではなく、この店のホールでひときわ異彩を放ちながら働く一人の女性従業員なんです。

彼女は前の寿司屋さんのときからパートとして働いていたのですが、彼女の客に対する気づきと気遣い、そしてその対応がとにかく抜群で、私は彼女を初めて見たときからいたく感心して「いい人が来てくれて良かったね~」とマスターに何度となく言ってきたものです。

彼女のお店での立ち振る舞いは、どこぞのファーストフードチェーン店で「接客のノウハウを学んできました」なんていう、私が最も嫌いなマニュアル通りの客あしらいではなく、常にお客様目線で、そのお客様が今何を望んでいるのかを自分の感性で掴み、その要望を客に言われる前に叶えてしまうというレベルのサービスです。

この「客に要望を言われる前に叶える」というところが重要なポイントなんです。

例えば・・・

・子ども連れには最初から氷を入れたピッチャーでお冷を用意する
・お年寄りが一緒ならテーブル席に案内して取り分け用のお椀を置いておく
・「焼酎は何割りで?」って聞く前に、焼酎と一緒にまず水、お湯、氷をセットする
・「グラス(盃)はいくつ?」って聞く前に黙って人数分持ってくる

初めの二つなんかは何も言わずにさらっとやってくれたら嬉しいですが、こんなことにも気づかないお店が結構多いのが現状だと思いませんか?

私が経営者だったらこういう気遣いができるように口うるさく教育するのでしょうが、彼女はこの程度のことは誰に言われるのでもなく、自らの感性でそれこそ普通にやってしまいます。


なぜ彼女はこんな気の効いた対応ができるのか?
私は以前彼女とこんなやりとりをしたことがあります。

「どこかで本格的に接客を勉強したことがあるの?」
「いえいえまったく・・・」
「じゃ いつもどんなところに気をつけてるの?」
「・・・皆さんの表情です 楽しそうだなとかつまらなそうだなとか・・・」
「表情を見てるだけで その客が今何を考えてるか分かるんだ?」
「分かりはしません・・・ただそうじゃないかなって・・・私だったらそうだなって」
「それって客の立場でそこに居るってことだよね なかなかできないよ」

「何も特別なことをしてるとは思ってませんけど…お客様がここで楽しそうにしてる様子を見てると、私も自然と幸せな気持ちになるんです・・・失礼ですけど同じテーブルで一緒に一杯飲ってるって感じがして・・・だからここにいらしたときは皆さんが楽しい時間を過ごして欲しいんです! 私も楽しく居たいですから・・・」


数十年前、私がスナックのバーテンをやっていたとき、週2~3回のペースで来ていた一番の常連さんだったある男性から言われたことを思い出しました。

彼はいつも会社帰りに一人でやってきては、決まってカウンターの左から2番目の席に座り、キープしたバーボンをロックで飲んでいました。出身は九州で、たまに出る九州なまりが同郷の私には結構心地良かったことを覚えています。根はシャイな人ですが、ブルースが好きで、気分が良くなるとギターを手にしてオリジナルの『常念山』なんて誰も知らない曲をノリノリで歌っていました。

その彼が、ひとり静かに飲んでいた日がありました。人間ですから当然テンションの高いときもそうでないときもあります。

私もその日は彼とちょっと距離をとり、それでもそこに意識が行かないように、言われる前に氷を補充したり、灰皿を換えたりしながら必要十分な対応を心がけたうえで、敢えて何も話しかけずにいました。

そして閉店間際、彼が会計を済ませて帰ろうとしたとき、私に向かって言いました。

「・・・ホンに騒ぎたいときは一緒に騒いでくれるし、放っておいて欲しいときはちゃんと放っておいてくれよるし・・・ナシテそれが分かっとっとか~! なんてね・・・アリガト よっちゃん」 

当時の私は何も知らない若僧でしたが、彼に何かあったことくらいは一目で察しがつきました。あのとき、もし自分が彼の立場だったら、きっとそっとしといて欲しいだろうなと思ってそうしただけですが、彼の言葉に接客ってこれが本当に大事なんだと気づかされました。

ホンキでその人に成りきろうとすれば、才能とか経験がなくても、誰だって相手の立場になることはできると信じています。

当事務所が所属するTKCの理念である、故飯塚毅名誉会長が訴え続けた『自利利他』の精神は、自と他を区別しない、『他人(顧客)の幸せそのものが、自身の幸せである(と成る人たれ)』なのですが、この『自利利他』を、件の彼女のように無意識のうちに地で行ける人も世の中にはいるのです。

私たちは理念とか信条といった「あるべき論」を語り出すと、それがさも難しいという理屈や言い訳を並べ、結局実現できない理想のように位置付けてしまう傾向があります。自分にできるとかできないといった限定、これをやったら相手にどう思われるかという先読み、そういった無数の妄想に縛られながら暮らしているのが、悲しいかな我々の日常のような気がしてなりません。

彼女のように、無限定な『自利利他』の精神を持って生きている人を見ると、難しく考えないでもっと自由自在にさらっとやっていかなきゃなと教えられます。自分が自分がと我欲中心で動いてしまうさもしい生活から脱して、ちょっとだけ周りの人のためにという気持ちを優先させて行動できたら、見える世界が少し変わってくるのかもしれませんね。



彼女が今年カミさんの誕生日に贈ってくれた一通のハガキ
もちろん誰に言われたのでもない、気持ちの込もった
手書きのメッセージでした

“いつも後ろからお二人の笑顔をのぞき込んでいます

 今年も素敵な一年になりますように”


「誕生日なんか聞かれたことないのにねぇ」

「酔った勢いでそんな話したのかもな・・・」

「でも嬉しいよねぇ… 週末久しぶりに行かない?」

「・・・だね」