2007年10月28日

スタンス

『ピッ ピッ ピ―――ッ!』

スタジアムに鳴り響く長い笛
精も根も尽き果てた仲間達が泣き崩れピッチに倒れ込む

バックスタンドからずぶぬれになって応援し続けた息子の
高校サッカー最後の瞬間が訪れた・・・

次男の高校生活最後の選手権大会は、皮肉にも私ら夫婦の母校に準決勝で敗れ幕を閉じました。
今大会の3回戦前に組まれた練習試合で相手ディフェンダーと交錯し、鎖骨にひびが入る怪我を負ってしまった息子は、登録を抹消されて応援組に回っていました。完治までは最低一ヶ月、もうこの県大会には間に合いません。彼のピッチへの思いをつなげる一縷の望みは、チームが全国切符を手に入れてくれることだけでした。

サッカーには怪我はつきものとはいえ、「何もこんなところで・・・」と、焼酎片手に夜な夜な涙を滲ませながら私に絡んできたカミさんの気持ちもよーく分かります。

しかし、一番辛いはずの当の本人は、私らの前ではそんな文句の一つも言わず、腐ったり投げ出すこともなく、最後の最後まで早朝、放課後の練習に出て、仲間達を信じてサポートに徹していたようです。それが、自分で考え選択した彼自身のサッカーに対するスタンスであることは十分見てとれたので、私も敢えて慰めることもせず、何も言わずに見守ってきました。

親としては言うまでもなくピッチを駆け回る子どもの姿を見ることがこの上ない喜びですから、この現状を受け入れるのは正直とても難しいことでしたが、彼のその姿勢は、とにかく息子と同様にチームを精一杯応援しようという気持ちにさせてくれました。

小学校に入学すると同時にスポ小に入ってサッカーを初め、今日までずっとやり続けてきた彼にとって、そこで出合った多くの仲間たちや指導者の方々が、どれほど自身の人生に大きな影響を与え、どれほど自身を成長させてくれたのかは、おそらく彼自身まだ実感してはいないと思います。

別にプロになるわけでもないのに、ろくに勉強もしないで部活部活とスポーツバカになって、社会に出ればそんなことは何の役にも立たないという考えを持っている人もたくさんいます。色んな価値観や考え方があるので、それを否定するつもりは毛頭ありません。しかし、私は今息子を見ていて思います。

目の前に起こる様々な事象に対して自分がどういったスタンスをとることがベストなのか、或いはどういったスタンスをとりたいのか、それを自分で考え、そして自分で見定めたスタンスをきっちりとる力を発揮できるか。これは残念ながら分かったような親の説教や知識を習得するための勉強なんかで身に付くことではありません。

夢を持って本気で打ち込むことがあるという現実、そこに現れる人々との連鎖、組織のルール、その中で自ら体験する成功や挫折、それらが時間をかけて育んでくれるのではないでしょうか。そしてそのスタンスのとり方こそが、その人の人間力だと私は思います。

私は、この最後の大会で自分のおかれた状況を受け入れ、その上でしっかりしたスタンスを見せてくれた息子を誇りに思うと同時に、彼に多くのことを経験させてくれたサッカーというスポーツと、多くのかけがえのない仲間達に心から感謝しています。


一流企業の偽装やら政治家の隠蔽やら、世間を騒がせる事件がここのところ後を断ちませんが、それらはみな私利私欲というスタンスをとってしまった愚かな大人たちが巻き起こした結果です。

私達が関与させていただいている中小、零細企業ならなおさら経営者のとるスタンス一つで、繁栄、衰退のいずれかが決まるといっても過言ではありません。確実に言えることは、ご自身の営まれる事業が、人の役に立つには、目の前の人に喜んでもらうにはどうすればいいかというスタンスで日々経営に臨んでいれば間違いないということです。


「残念だったな お疲れさん!」

夕方帰宅した息子に私は手を差し出した

「・・・うん」

握手を返した息子は両手で私の手を握り締めたまま
とたんに大粒の涙をポロポロあふれさせた

精一杯抑えていた感情が一気に噴き出したようだ


それ以上言葉が出なくなってしまった私は
息子の肩を叩きながら心の中で何度もつぶやいた

『お前のおかげで素晴らしい時間を過ごせたよ ありがとう!』