2013年1月31日

レポート

「ふぁ~~~ まだ書いてるの?」

ソファでうたた寝していたカミさんが
でかい欠伸をしながら問いかける

「なかなか まとまらないんだよ…」

時計は日曜の午前零時を回って月曜になっていた
今日が提出期限だから仕上げないといけない

「じゃ先に寝るね ふぁ~~~ オヤスミ~」

「毎日先に寝てんじゃん…」

「ん? なんか言った?」

「いや 別に… オヤスミ~」

こんな会話を経由しながら
二ヶ月に一度の真夜中のレポート作りは
ワタシの恒例行事となっている



ウチの事務所では、以前このコラムでもご紹介した千葉県は香取市にある、臨済宗妙心寺派妙性寺のご住職でTKC全国会中央研修所の顧問でもある高橋宗寛和尚の心の勉強会「原点の会」を受講しています。
(詳しくは2011年1月のコラム「10年越しの箸袋」コピペでどうぞ)
 http://dairicolum.blogspot.jp/2011/01/10.html


高橋和尚の勉強会は隔月年6回行われますが、初回が平成2年12月でしたから、私らはもう20年以上受講していることになります。

そして、ウチの事務所では勉強会終了後必ずレポートを提出することになっており、そのレポートは事務所全員が輪読するだけでなく、講師の高橋和尚にも毎回郵送されています。

従って、これまで皆120件以上のレポートを提出してきたわけですが、実はこのレポート作りが私らにとって最大の勉強、いや試練と言ってもいい位置付けとなっています。



とにかく読書感想文みたいな第三者的な書き方や、できもしない決意表明のような内容は書いてはいけないことになっており、しかもテーマが 「一回しかないこの人生をいかに生きるか」「本当の自分とは何者か」といった心の問題なので、我々凡人は毎回四苦八苦しながら書き上げているのです。

と、ここでああだこうだ説明しても実感がないので、ちょっとお恥ずかしいですが、今回はこの1月24日に今年初めて行われた勉強会で私が書いたレポートを掲載させていただきます。これだけ読んでもどんな研修内容だったか分からないでしょうが、こんなことを考えさせられる内容だったと理解して下さい。窮々ですがお付き合いいただければ幸いです。



                 原点の会レポート 
                                   平成25年 1月24日
                                      吉田 一樹
 子どもの頃は「どうして俺がやらなきゃいけないんだ」と先ず考えていたような気がする。班長、学級長、生徒会長などなど、特に長と名のつく役目をやらなければならないといった状況では、間違いなく百パーセントそうなる前から「できない」と自己限定して、できない言い訳を探して何とか断ろうとしていた。もっとも当時はただ面倒くさいからやりたくないと思っていたこともあったが、自分にはそんな能力はないから無理だと思っていたのも事実である。しかし渋々その役につき、実際にその役目を終わってみれば、どれも特に大きな問題もなく必要な任務は遂行され、逆に周囲に労われてりしてとりあえず使命は果たされてきた。何のことはない、自らの力など鼻クソみたいなものだが、労ってくれた周囲の人々の協力と尽力のおかげで一応の形になるのだ。そんな経験を何回もしているのに、また新たな役目を与えられそうになる度に、大人になってからも相変わらず「できない」の自己限定を持ってそれに向き合っていた気がする。それが何年か前の勉強会で「一般的に人があなたにものを頼むときは、誰もあなたの力量以上のことを頼むことはない、あなたならできると思うから頼むのだ。こんな言葉がある『いただかなければいけないものはいただかなければいけないものだ』」という和尚のお話をしっかりと受け入れられるようになってからは、本当に自分で大丈夫なんだろうかと不安になることはあっても、とりあえずそれを頭から断らないことを自身の決めとして実践してきたつもりである。自分の中でそれを最も強く実感したのは、娘の高校で私の母校のPTA会長を打診された時だった。四年前、娘が二年生の時に、私は事情があって退会した役員の人員補充のために急遽名前だけだからなんて調子のいいことを言われ、まったく縁のなかったPTA本会に入ることになった。高校のPTA本会の役員というのは、一旦なると子どもが卒業するまで続けるのが慣習になっている。そして子どもが三年生に上がるときに、その代の役員の中から会長を選出するわけだが、当然私らの代の役員の中には既に次期会長候補の人物がいて、その段階ではつい半年前に役員になった私がPTA会長になるはずはなかった。しかし、役員決めの最終会議の数日前、一代上の現会長さんから次期会長を私にと連絡が入った。件の次期会長候補さんが「自分にはできない」と現会長さんに相談してきたのだという。その方は確かに遠方にお住まいだったので、場所的な条件が悪く大変であることは事実だった。あのとき一瞬キツネにつままれたような感情を持ったが、会長さんの話を聞きながら、私の脳裏には『いただかなければいけないものはいただかなければいけないものだ』の言葉が本当に浮かんでいた。そして申し訳なさそうに私を説得する会長さんの言葉を遮って「分かりました、いいですよ、私でよければ務めさせていただきます」と応えていた。女性まで含めれば同学年に五名の役員がいるので、私が駄々をこねればその要請を回避することは不可能ではなかったが、そのとき私は意識して「とりあえず断らない」を実行したのである。そして結果的にそれは私にとって非常に貴重な経験となり、それまで知りえなかった素晴らしい仲間たちとの出逢いをももたらしてくれる大きな出来事となっていた。
「龍と成って天に昇り 蛇と作(な)って草に入る」今日一番心に残った言葉である。
たまたま縁あって龍となったならば、天空に飛翔して風雲を巻き起こす龍の如くに臆することなく立居振舞い、たまたま縁あって蛇となったならば、草むらの中を人に知られずに進む蛇の如くに潜行して陰徳に励む。自分に限定や前提を持たず、置かれた立場で自由自在に生きることを端的に示した言葉だと思う。どんな立場に置かれようとも、それらはすべて自己を因とする縁のなすものであることを認識して、そこに余計な言い訳を入れずに、これからも「とりあえず断らない」が自分の標準になるよう実践していきたい。


こんな感じですが…改めて読み返すとやっぱり決意表明になってますね
ふぅ~~大変だ(笑)